朱御が、また「わたしは大丈夫ですよ」と言ってくれた気がした。
私が、朱御を傍らに、日本小料理屋「蝉膳」にやってきたのは、その日の夕刻、おりからのにわか雨も一息つき、イカを無造作に網焼きしたものを素手でほうばっているときのことだった。
カウンターのかたわらで、こちらの方の様子をチラチラと伺っているものがいる。
「なにがおかしい!!」
わたしは、得意の声色、店の女将の声帯模写をしながら、その男をどやしつけた。男は、びくりとしたようで、それからこちらの様子をうかがうことはなくなったが、私は席をその男のとなりに移し、小一時間ほどブツブツとテーマソングを口づさんでやったのだった。
ここの女将は、以前、殺されそうになっているところを助けたことがあるので、私には甘い。何故、そうなったのはわからないが、4度殺されそうになっていて、4度ともわたしが助けた。
本人がいうには「殺されそうになる性質なので」ということらしい。自嘲気味なその言い回しに、わたしは特に感情を抱くことはなかった。
フッと逆手側の席に目をやれば、ウイッキーさんが呑んでいた。わたしは、「あれやってくれよ、あれ朝の、ニュースの・・・」と、半分脅すような感じで、そう問いかけていた。
店を後にする頃「ありがとうございました。」というウイッキーさんに、「お前など知らない。」という棄て台詞を残し、私は去ったという。
青春のページワン。そんな言葉が頭を過ぎった。
わたしは、雪女伝説のある、旧熊本県の雪山へとやってきていた。折からの吹雪で、既に私は山中の旅館より身動きのとれぬ状態へと成っていた。
この旅館に泊まるのは初めてなのだが、寒椿の美しい大層な日本庭園を構え、女将の狂人の様な振る舞いを除けば、実に良い旅館といえた。
第四幕へとつづく