西仏蘭西傀儡博覧会の会場である帝都タワーが、不審火により全焼したという話を聴いたのは、私たちが会場へ足を運んだ次の日だった。
わたしは、「まさか」と思い、フッと朱御の方へと目をやったのだが、そもそも朱御は人形で在る。「まさか」と思うこと自体が間違っていた。
先日、我が家にやってきたカラーテレビジョンの画面には、極彩色に彩られた帝都タワーが黒煙をあげて、さらにぐにゃりと折れ曲がる姿が再び写しだされている。
その画面の端に、朱色の着物を着た黒髪の女が見えた気がした。
ガラリ
我が家の玄関の引き戸が開かれ、その数秒後にガシャンという鈍い音がした。
「ああっ、すいません先生。梅代です。」
私の目の前へと頭を垂れながら現れたのは、以前、傀儡師の仕事で一緒になった白崎梅代という小柄な女だった。
梅代は、昆虫を見るとひきつけを起こすような女で、其れを私が何度も救っていたものだから、いつしか私のことを先生などと呼ぶようになり。ころころとした笑顔のかわいい梅代の その言葉に、私も悪い気はしていなかった。
「どうした?梅代」
わたしは、座椅子に腰掛けたまま、梅代を見上げながら、そう尋ねた
「ええ、わたくしこの度、傀儡劇で犬島汪斉の新作”つちくれの姫君”で主演を繰ることになりまして・・・」
犬島汪斉(いぬじまおうざい)というのは、新進気鋭の傀儡劇作家で在り、今帝都では押しも押される人気作家なので在る。その汪斉の新作の主演を射止めるとは、私は つい梅代が妬ましくなり、何の前後の言葉もなく「死にやがれ」などと罵ってしまったことを詫び、話の続きに耳を傾けた
「それで、ですね、その”つちくれの姫君”で、わたくしが繰ることになる人形なのですが、それが、汪斉さんたっての願いで、”土姫”という骨董物の人形をつかうことになりまして・・・
しかし、その、土姫というのが、なんでも呪われた人形らしく、いままで繰ったもの3人のうち、3人ともが不可解な死を遂げているというのです。目玉焼きも焼けちゃうというのです。」
梅代は、少々、目玉焼きの部分を誇らしげに語った感が在り、わたしも少々苛付きはしたものの、先ほど「死にやがれ」などと罵ったことも忘れ、その様な話を聞かされ”うう〜”と唸っていたが、実の所、私は別のことを考えていた。
まったく関係のない、いんげん豆のことなどを考えていることを梅代に悟られぬよう、私は立ち上がり、朱御の髪をやさしく撫でた。
第六幕へとつづく