第八幕

乞食と朝鮮人が、なにやら道端で言い争っているのを尻目に、わたしは首吊り坂を静かに歩いていた。乞食の「新宿をかえせ」などという叫び声も別段気になりはしない。


以前、軽い暴行事件を起こしてしまったが故、私は傀儡劇界から完全に干されてしまっている。いまのわたしは、人形使いであり、人形使いではないのだ。

朱御と二人、まあ、二人と言っても朱御は人形なのだから、週に一度、近所の乞食を殴打して血油でも点してやれば問題はないだろう。

兎に角、二人十分に暮らしていく蓄えは在るものの、いつまでも無職透明のままではいられまい。私は、傀儡師以外の一時的な職を求め、首吊り坂を下った先にある、職安の建物を目指していたのだった。


職安の看板には「おいでませスタイル」などという意味不明の文字が掲げられ、洋服を着た犬さんや猫さんが両手を拡げる絵も描かれていた。

その周囲では、不可思議な冠をかむり円陣を組む一団の姿が目立ったが、やはり私は別段気にすることもなく、職案の入り戸をくぐった。


受付の聡明そうな女が、目を真っ赤に腫らしながら「職業ですか?」と私に尋ねてくる。

「ああ」と答える私に、女は「職業ねぇ…」と、舌なめずりをし、その後、私のことを見下すような視線で見だした。


「どんな職業がいいんだ?」

何故か敬語では無くなった女に、そう尋ねられた私は「なんでもいいが」と答えると、女は「なんでもねぇ…」と、ふたたび舌なめずりをし、書類の様なものに目を通していた。


「こんなのどうだ?田舎かどっかで虫を捕まえて、都会で売る。動物を売る。畑の野菜を勝手に売る。」

葉巻に火を点け一服しだした女は、肩肘を付きながら私にそう言った。


「あまりな、売れるとは思えんが・・・」

そう言うわたしに、女は「まあ、わたしだったら買わねえな。私だからな。」と言い、じゃあこれはと提案したのが”河童捕まえ”という職だった。


河童捕まえというのは、文字通り河童を捕まえて売る職らしい。一匹3万円〜5万円で、銀座に住む金持ちが買うといわれた。


私は、他に引かれる職業もなかった故、河童捕まえをすることにした。



第九幕へとつづく