第九幕

私が、まず向かったのは、河童捕まえの名人と呼ばれる男の家だった。

その男は、先祖代々河童捕まえを行っているというが、この職についてこのかた20年、河童を捕まえる所か、見たこともないという。彼の父や祖父も、同じ様に河童捕まえという職を行っていたが、只一度たりとも、河童を目撃したことすら無いらしい。

でも、男は「河童はいる。天狗も。」と、川をじっと見詰めながら言うのだった。


まず、川に投網を投げるのだという男は、私に言っているのか誰に言っているのか「河童はいるよな。吸血鬼もゴマちゃんもな。」と、ブツブツ一人でつぶやいている。


深川の船宿の前で投網の準備をしていると、そこに老人が近づいて来て「ここで網投げちゃだめだよ。漁業組合できまってんだから。」と言った。

そう言われた河童捕まえの男は「ええ、すいません。なにぶん、女房(にょぼう)が・・・」と川を見詰めたままブツブツとつぶやくのだが、老人がいなくなると「そんなの関係ねえよな。あのじじい、家しってるから今夜行って殺そうぜ。河童の呪いだ。」などと気味の悪いことを言うのである。


私は、変に口答えをして、こちらが河童の呪いとやらで殺されてはかなわないと思い、肯定するような否定するようなどちらともとれぬ曖昧な返事をし、その場を誤魔化した。


その後、男は懐から茄子(なすび)をとりだし、「これでよ、河童をよ、おびきよせるからよ。へっへ。」と、何ともたのしそうに語るのだが、私の「河童の好物はきゅうりでは無いのか?」という問いかけを耳にすると、突然、羅刹の様な表情で私を睨み返し「きゅうりはパンにはさむから・・・」と、つぶやいたきり、その日は一切口をきかなくなった。

そして日の沈む夕刻のころには、これが今日の給金だと言わんばかりに、私に数本の茄子を押し付け、そのまま家へと帰っていった。


私は、こんなことではいつまで経っても金を稼ぐことなど出来んと思い、次の日から男のもとへ出向くことはなかった。



我が家で留守番をしていた朱御は、いくぶんすねた様な表情をしているように思えた。



第十幕へとつづく