当時のことを懐かしんでいるのか、朱御はどこか遠い目をしている様に思えた。どこか、険しい表情にも見えた。
事件が起こったのは、私が参加する傀儡劇「ぴこぴこ森はおおさわぎ」の初演であり、近所の小学生を招いて、さていまから開演するぞというそのときだった。
手に血だらけの灰皿をもった、当時、たぬきちゃんを繰っていた長身の美人、藤村恵利子が舞台袖から現われ「うるせぇぞ、餓鬼ども。」などと、据わった目で言うのである。
恵利子の出番はまだであり、芝居も台本と違う。それでも恵利子は、客席の小学生を侮辱するような言葉や卑猥な言葉を連呼しつづけ、小学生たちはわけもわからず、拍手喝さいである。
その後、恵利子は他の劇団員にとりおさえられ、劇は大団円のまま幕を閉じた。
殺害されたのは劇場の支配人であり、恵利子の夫でもある藤村孝太郎。恵利子は、「日ごろから孝太郎は、わたしのことをばかにするような目でみていた。」と、殺害の動機を涙ながらに自供したという。
しかし、私もよく知る藤村孝太郎は、とても温厚な男であり、人がうらやむほどの知性と美貌を兼ね備えた恵利子のような女が、何をばかにされることがあるのかと、少々疑問に感じていた。
「しかし、飛田給さん、私は解せんのですよ。」
「ああ、そうかよ。」
桂木警部の言いたいことはわかっていた。藤村孝太郎が死亡して三日後、私の目の前に藤村孝太郎が現れたからだ。
但し、藤村孝太郎と言っても、三日前 恵利子に殺害された藤村孝太郎とは別人で在り、単なる同姓同名である。同姓同名という以外、接点は無い。
まあ、しいていうなら、お互いともが三つ子ちゃんだということぐらいであろう。まったくの偶然である。
第十二幕へとつづく