第十二幕

日本橋の路上で、"農薬アイス"というものが無料で配られていた。屋台の看板に大きく書かれた、その文字を見つけ「これは何だ?」と尋ねる私に、店主は「農薬アイスです。食べたら死ぬんです。」と目を見開きながら言うのである。

「そんなものをタダで配ってよいのか?」と更に尋ねる私に、店主は「書いてあるからいいんだよ」とぶっきらぼうに言い返した。



さて、死んだはずの藤村孝太郎とは別人の藤村孝太郎だが、彼は今私の隣に居る。


「ああ、そうさ!俺は、手術で顔を変えて、お前の前に再び現れた!同じ、藤村孝太郎という名前でな!!」


藤村孝太郎の玉の汗を浮かべての告白を完全に無視した私は、当時からのお気に入りである日本小料理屋「蝉膳」で遅い夕食を採っていた。

ここの女将は、コカインの売人であるという噂が耐えないが、そんなことは噂だと信じたい。ヒトの噂も七十なんとか。日。


「それにしてもおめぇさん。東海道から世継ぎたぁ、大層大変だっためぇ。べらんめぇ。」

「ええ、ご隠居ね、あっしも、最初は大変だとおもったんですが、これまた、意外とほら、あれな訳ですから」

「おいおい、旗坊、おめぇなにをさっきからそわそわしてるんだい?」

「ご隠居ね、あっしは見ちまったんですよ。見ち。」

「そういやあ、俺の姪っ子がよ美智という名前なんだわ。美智。」

「そらエライぐうぜんで。八孫二間だね。はっそんにま。」

「そうそうそう、ぐうぜんぐうぜん。で、いったい何を見たってんだい?。旗坊。」

「ああ、そうそう、ご隠居聞いてくださいよ。」

「だから聞いてるよ。うるせぇなあ。」

「うるさいとは何だ!あんたご隠居だろ!?ご・隠居なんだろ?ご近所物語なんだろ!?」

「いや、わるかったよ。たしかに三国志で言ったら呉だよ。呉近所物語だよ。」


さて、そんな最中ですね、この長屋に一人の男がやって参ります。男の身の丈は、大体カブトムシ程度。いや、カブトムシ程度といってもですね、カブトムシがヒトほどに大きかったらの話でございます。


「おお、どうした金坊。今、旗坊がよ。見ちまった見ちまったって云っててよ。」

「ご隠居、それが、あっしも見ちまったんですよ。」

「なんだよ、おめぇもかい。よかったな旗坊。仲間が増えたぜ。」

「よくなんかありませんよ。なんだい、金坊おめぇも見ちまったのかい?」

「見ちまったよ、見ちまった。」

「で、いったい二人とも、何を見たってんだよ。」

「いや、それが、赤かったんですよ!真っ赤!」

「何云ってんだ、青かったじゃねぇか、真っ青!」

「おいおい、二人の見たもんは違うもんなんじゃねぇか?」

「いやいや、そんなことねぇ、俺たちの見たもんは一緒だよな?」

「ああ、一緒だよ。一緒。」

「じゃあ、一体何をみたんだい、はっきり云ってみやがれ!」

「せーの」

「せーの」

「せーの」

「なんだおめぇら、せーのせーのばっかり、今から飛び込みするってんじゃないんだよ。さっさと云いやがれってんだ。」


「そんなこと云ってもご隠居。私たち、ベトちゃん毒ちゃんだから。」

べべんべん