泣きマジシャン

それは、"東洋奇愕奇術ショウ"という催しものだった。

何の登場音なども無く舞台上に現れたタキシード姿のシルクハットの男は、おそらく奇術師なのだが、登場してから、今のところ数十分間、わんわんと泣いているだけである。

両目から涙をボロボロとこぼしながら、しくしく泣いたり、時には、おいおい泣いたりもしている。


最初の数分は、客も、これを奇術師の芸の一つだと思い、黙って見守っていたのだが、男は、いくら経っても泣いているばかりで、一向に芸を披露しようとしない。それどころか、さらには舞台上で大の字に寝そべりながら、うぁああーんなどと激しく泣きだす始末で、一向に泣き止まない。

流石に客席もざわつき始め、「何やってんだ」などと、男に罵声を浴びせる客もでてきた。


そうすると、男は、ポケットから、ただ普通に花のようなものを一輪だして、舞台の上にポロリと落す。それっきりである。

当初は、そこからやっと芸が披露されるのかと思い静かになった客たちも、やはり何も起こらないことを察すると、やっぱり「おい」とか「こら」とか、泣きじゃくる男に罵声をあびせていたのだが、最終的には「大丈夫?」などと心配そうに声をかける者まで出てきた。

なんにしても、男は、優に三十分以上も、ただ舞台上で嘆き続けているのである。しかも、男は、ショウの一番初めに登場した奇術師だった。

故に、其れ相応の入場料を支払った客たちの中に、席を立とうとする者は、まだ居ない。


これが1時間半ほど続き、静かになったと思ったら、奇術師は死んでいた。


次の出し物は腹話術でした。