邪推


デパートなどに、飲食をできる大きな広場みたいな所があるだろう?

椅子やテーブルが、だーーーーっと沢山並んでいて、その周囲を取り囲む様に、やれハンバーガーだ、やれ蛸だおこのみだ、焼いたり焼かれたりだ、ラーメンだ豚骨だ、餃子だ、ラーメン餃子だ、クレープだ、そば粉だ・・・

そんな、食物に包囲された胃空間の中。これは、私が遭遇した数々の事件の中でも、最も恐ろしいもので在る。


私は、その日、友人と連れ立って、郊外にあるデパートへと買い物に来ていた。友人は、「見たいものが在る」と言い残し、デパート客たちが蠢く雑踏の中へと、早々に姿を消してしまった。

付き合いで来たものの、その日私には特別買いたいものも見たいものも無く、何よりも休日で賑わう人ごみの中に入るのを躊躇った。


私は仕方なく、夕食までの繋ぎにでもしようと、飲食店の立ち並ぶ大きな広場へと歩みを進めた。そして、その一角に在る、揚げ鶏肉の専門販売店へと向かい。骨なし揚鶏。所謂、クリスピーチキンを注文。同時に、横のレジには、鶏が揚げあがるのを待っているであろう、制服姿の女学生が立っていることを目にした。

さて、それでは私も、鶏が揚げ上がるまで、椅子にでも座って・・・と思い、辺りを見回してみると、その店は、広場の最南端に位置していて、周囲には椅子もテーブルも設置されてはいなかった。

ううむ、仕方がない。鶏が上げあがるには、まだ数分かかるだろうし、それをレジの目前で「まだかまだか」などと待つのも少々無粋な気がする。何より、そんな無粋なことをしていれば、私の注文を承った、あの女性店員だって「ヘッ!そんなに揚げた鶏肉が手元に届くのが待ち遠しいですか!」と、見ず知らずの私のことを軽蔑するかもしれない。

見ず知らずの女性店員に鶏肉如きのことで軽蔑されるのは御免被りたい。此処はとりあえず、少し離れた あのテーブル席から、レジ前の状況を随時伺って、私の先に注文を済ませたであろう、あの女学生が注文の品を手にしてから、私もレジへと向かおう。そうすれば、あの女性店員も私のことを鶏肉に群がる哀れな餓狼だとは思うまい。


それから数分後、私はテーブル席から揚げ鶏肉専売店の様子を凝視した。そこに、連れ立って買い物に来ていた友人が、自分の買い物を終えたであろう紙袋をぶら下げながら、私の傍らへと現れ、私に向かって「何をしているのだ?」と尋ねた。

そこですかさず私は、何も食べていないのに飲食店の大広間のテーブルへと鎮座していることを不審に思われぬ様、「やあやあやあ、私はだね。揚げ鶏肉の専売店で、骨なし揚げ鶏肉を注文したのだよ。」と、高らかに宣言した。

その宣言。所謂、鶏肉宣言を受け、その友人は「そうか。では、きちんとレジの前で注文の品が出てくるのを待っていなくてはいけないだろう。この席では、揚げ鶏肉専売店から距離が在り過ぎて、注文が出来上がったことを判断しあぐねるのではないか?そうすれば、あの女性店員さんだって困ってしまうよ。」と言った。

そこで私は、待っていましたとばかりに服の襟をピッと正し、明智小五郎が犯人の悪事を暴くような凛々しさを意識しながら「あっはっは。それについては、心配御無用。何故なら、私より先にレジの前へと立っていた あの女学生が、まだ注文の品を受け取っていないのだよ。ということは、私の鶏肉も、まだ揚がりきっては居ないということだ。後から注文を終えた私のようなものが、先に注文を終えていたはずのあの女学生より先に商品を受け取ってしまっては、あの女学生も黙っては居ないだろう。ことによると、そのことを腹に据えかね、店員さんを分度器やコンパスで刺してしまうかもしれないからね。その辺は店側も考えている筈だよ。」

決まった。と私は思った、あとは私の推理に恵心した友人が「そうか!そういうことだったのか!じゃあ、盗まれた暁の仏像のありかは?神崎教授の残したダイイングメッセージの意味は?」などと尋ねてくれば、私は更なる推理を披露し、「・・・そうですよね?この事件の真犯人で在る、柿沼助教授!」と言えば済む筈である。


しかし、友人の口からでた台詞は、私の予想していたものとは、微塵とも符号せぬ呪いの言葉だった。彼は私に向かって、あくまで冷静に、眉一つ動かさず「いや、見てみたまえ。あの女学生は、今、レジの中から出てきた責任者らしき男と会話をしているぞ。あれは、鶏を注文して待っていた客では無い。バイトの面接待ちの女学生だ。」と答えた。

その言葉を耳にし、私は急いで鶏肉揚げ店のレジへと急ぐ。そ、そんなばかな!違う!断じてちがう、あの女学生はバイトの面接なんかに来た訳が無いじゃないか。だってここは揚げた鶏肉を販売している店だぞ。そういう店に来て、揚げ鶏肉を注文せずに、雇用を申し込むだと!?そんな訳が無い。彼女は、揚げ鶏肉が中々揚がらず、手元に商品が来ないことに憤怒し、店長を呼び出し、今からコンパスで刺そうとしているのだ、そうに違いない。私は、それを阻止するのだ。それを阻止する為に、今こうして走っているのだ。 ほら!あの女学生が、自分の学生鞄の中に手を入れたぞ!銀色に輝くコンパス、もしくは華麗な湾曲を描く分度器を出して、今から店長を刺すに違いない!それが見えたら、すぐさま飛び掛ってあの女学生を取り押さえる。そうすることによって、私は尊い命を守り、同時に骨なし鶏を1本サービスしてもらえるに違いない。

そう確信し、笑みすらこぼれそうになる私の視界の中に、女学生が鞄から取り出した"履歴書"と書かれた書類が、ハッキリと映りこんだ。



私を見つけたレジの女性店員は「お待たせしました。」などと言いながら、既に包装を終えた骨なし揚げ鶏を、厳粛なまでの手つきで差し出した。