片輪屋敷
「で、えっと、要は、失踪者探しってことでいいのかな?それで、とりあえずは其方のお屋敷に出向けばいいと」
私は事務所の中、対面に座る、水延京子の執事と名乗る男・篠原に、今回の依頼について、そう端的に尋ねた。
「はい。詳しい事情については、お嬢様が直接、黍様にお話になるそうです。それと、お嬢様は、出来る限り早く黍様に屋敷へとお越し戴きたいと申しておりますので・・・」
「いや、まあ直ぐ出発できますよ。博覧会の事件を解決し損ねてから、仕事減ったもんねー?妙領寺クン?」
篠原の言葉を遮りながらそう尋ねる私に、彼は、また「先生ッ」と言った。しかし、篠原は特に不安そうな顔をする訳でもなく「そうですか。お嬢様もお喜びに為られると思います。」と言い、報酬とは別の金として数万円の入った封筒を置いて帰った。
「それにしてもねー。只の失踪者探しってことで済んでくれればいいんだけどねぇ。前のホラ、片輪屋敷の事件だっけ?在れも、最低だったろう。」
篠原が事務所を後にしてから数分間が経った後、無言で資料の整理を続ける妙領寺に、私はそう問いかけてみた。
「まあ、決して気持ちの良い事件ではありませんでしたね。」
彼の言葉をほぼ聴き流しながら、私は、水延京子が手紙に記していた、片輪屋敷の事件をおぼろげに思い返してみた。片輪屋敷というのは帝都の郊外に在る大きな洋館で、何故そう呼ばれているのは解らないが、その日は片輪パーティと呼ばれる、各界の名士が集う食事会が開かれていた。私は、桂木警部の娘さんである茜さんに誘われ、其れに参加する筈だったのだが、当日になり突然、茜さんに急務とやらが舞い込み、仕方なく私の雑用係で在る妙領寺と二人で出席する羽目に陥ったのであった。その時点でも、既に不快な思い出なのだが、其れよりも何よりも、まず何が不快だったのかと言うと、出る料理出る料理、どれもが不味かったである。見た目すら意識してないであろうその料理は、どの皿も盛り付けすら最低で、出席者全員が苦笑いをしていた。
不味そうな料理の皿に視線を落としながら『さあ、まず最初に誰が暴れだすのかな・・・』などと不吉なことを考えていると、案の定一人の女がテーブルをひっくり返し「色えんぴつの味がする!」などと絶叫し始めたので在る。
私は愉快な出し物でも見るかの様に、それを眺めていると、事もあろうに妙領寺が「先生、あの方を止めてください。」などと言い出した。私は、皿の破片やらなにやらで刺されりしたらかなわんぞと思いながらも、妙領寺のその訴えを耳にした周囲の者の視線が、既に私の元へと集中していることに気付いた為、仕方なく、その女の元へ向かうことにした。
ガシャン、ドシャンなどと音のする其の場所にたどり着いてみると、なんとも美しい女性が、案の定大立ち回りを繰り広げていた。無論、それを止めに来た屋敷の給仕たちは、女に暴行の様なものを加えられていた。
私は、『何か身を守るものを』と、己の全身を隈なく探し始めてみると、何故か腰元のポケットの中に飴玉を見つけた。真紅の球体の中央に、大きな一番星の在る飴玉である。私はそれを慎重に取り出すと、一度その女性の視線の先に飴玉を掲げてから、おもむろに其れを彼女の足元に向かって放り投げた。
そうすると、彼女は地面に落下する寸前の所でそれを拾い上げ「美味しい美味しい」と言いながら、その飴を舐め出したのである。それはなんとも幸せそうな笑顔で、見ているものをしあわせな気持ちにさせた。しかし、実際にそう思っていたのは私だけの様で、周りのものは皆彼女を気味悪がっていた。
美味しい飴のおかげで上機嫌の彼女が、背中から毛布をかけられて屋敷の奥に消えてゆくのを見送ると、皆ホッとした様子だったが、次の瞬間、西洋料理人が、大きな銀色のワゴンを押しながら会場に現れたのを見て『また、新たな不味い料理が現れるのか』という、不安な気持ちに駆られた様だった。
しかし、料理人がワゴンの蓋を開けると、そこに並んでいたのは、先ほどは打って変わった旨そうな料理で、料理人も上機嫌で「大変お待たせしました。これから皆様に私自慢のお料理を・・・」と言いかけたのだが、そこで一瞬の間を置き、料理人の顔色が変わった。既にテーブルに並べられていた不味い料理の皿に気付いたのだ。
そして料理人は、突然顔を真っ赤にして「誰だこんな料理をだしたのは!私は聞いてないぞ!」と叫び出したのである。この料理人の発言から察するに、私たちが口にした皿料理は、主催者側の用意した料理では無いということであって、只でさえ不味く、盛り付けも最低の料理が、出所不明の謎のものだという事実が知れると、途端、出席者全員がとても気味の悪い気分になり、中には嗚咽を上げるものまで現れた。そして、パーティ会場は暗澹とした雰囲気に包まれた。
第5幕へと続く