帝都駅
私と妙領寺は、朝早くから帝都駅の改札で待ち合わせた。やはり妙領寺は、私よりも早くに待ち合わせの場所に到着していて、2枚の切符も既に手配済みだった。少し優秀な雑用係で在る。
しかし、彼が雑用係止まりなのは、私が同行者を連れて来るということを見抜けなかった点に在る。私は、愛人の三重子を・・・、まあ、愛人と言っても、私は未婚者の為、その呼び方は相応しく無いのだが、三重子の愛人の様な美しいキツネ目を賛美して、私は心の中でいつもそう呼んでいる。それに、天ぷら屋の女中としてだけでは稼ぎが足りぬと思い、月に5000円ほどを彼女には渡しているので、恋愛関係では留まらずに金銭関係にまで発展している点も含め、彼女は私の立派な愛人で在ると言える。
「悪いね、妙領寺クン。三重子も連れて来てしまったよ。三重子にも信州のうまい蕎麦を食べさせてやりたいと思ってね。なんせこの女は道産子だろう。うまい食い物といったらね、蟹やエビしかないと思っている様な愚か者だから、海鮮海老フィレオよりもうまいものが在ると教えてやろうかと思ってね。まあ、海老の背の様にまがった根性を叩きなおしてやろうかという世直しの旅ですよ。」
私は、妙領寺に近づきながら、いささか上機嫌でそう言った。しかし、私の背後から出てきた三重子は、「私、信州のお蕎麦なら食べたことあるわよ。」などと言い出すので、私はついカッとなり、生意気な口を利く三重子にビンタを食らわせ「黙れ」と言った。そうすると、三重子は突如、旅行鞄から棒の様なものを取り出して、私の腰部を強く殴打した。
「ギッ」という声を漏らしながら、その場に蹲り立てなくなった私は、いつものように明確な殺意を持って、三重子を睨みつけた。
「あいつを殺したいんだけど手伝ってくれよ」
立ち上がるのに手を貸してくれた妙領寺の耳元で、私が小さくそうつぶやくと、彼は露骨に嫌そうな顔をした。
私は三重子に「やっぱお前はくんな。帰れ。」と言い捨て、妙領寺に抱えられたまま改札を抜け、信州行きの汽車が待つ発車口へと足取り重く向かった。
第6幕へと続く