3人の中の一人(2)
どうして私はこうなんだろう。違う。どうしてみんなそうなんだろう。一生懸命なんだろ一所懸命なんだろう。それは多少なりとも許せない気持ち。私の怠惰に対する許せない気持ちよりも少し大きい気持ち。みんなどうして、絵をかいたり詩をかいたりものをうったりものをたべたり走ったり泳いだり子をのこしたりあやとりをしたりするのだろう。どうしてなのだろう、私にとっては其れが逃避にしか想えない。明確な極みは無いのだ。無いものを追い求める、何も存在しない場所に向かって走る行為は逃げていること以外何ものでも無いのだ。人としての極みは、生という始まりから、死という明確な終焉に向かって朽ちることだけでは無いだろうか。それが人という生物の使命では無いのだろうか。誰よりも誰よりも誰よりも其処へと辿りつかなくてならぬのでは無いだろうか。どうして皆其れから逃げ、皆他のことに生を切り崩してゆくのだろうか、どうして朽ちることに、終わることにしようとしないのだろうか。
全ては、醜い欲望。人が人というものを手に入れたことに対する代償、欲望のせいでは無いのか。人は欲望という呪縛に囚われているのだ。人は欲望に逆らわなくては為らない。呪縛を解かなければならない。数多の呪縛の中でも、一番浅ましい呪縛は、平穏無事に、出来れば幸福に生きようという最低最悪の卑しい欲望では無いだろうか。其れは皆が想うことで、誰一人例外は無い気がし、私も根底ではそれを望んでいるに違いなく、髪留めの色が紅と小豆、どちらがいいかと迷ったりする。だから、そのことにも憎悪する。紅でも小豆でもどっちでもいーじゃねーかと思う。かわいい給仕服とイロを併せようとしてるんじゃねぇ私と思う。
でも其れは、私が彼に笑いかけてもらいたいという狂欲の結果だった。彼というのは、黒髪で長身のあの方。名前は・・・
彼はやさしい人だった。紅玉の様なやさしい瞳だった。その紅玉に映る私の頬も紅かった。私は彼の顔をよく見ていたが、彼が私の顔を見ることは無かった。
でっかい針を、死骸に群がる黒鳥も瓦屋根を這い進む鵺も、その鈍い輝きを眼にすれば逃げ出しそうなでっかい針。其れを心臓に突き刺そうとしたことがある。でも恐ろしくてできなかった。痛そうでできなかった。心臓に其を刺したら、心臓に到達する前にギーってなってイーってなって、ぐるぐるバタンキュー。その後、言語障害。身体障害に陥る気がして恐かった。そして、針をクッキーの箱にいれて捨てた。そして私はやっとほっとした。そして涙が止め処なく流れてきた。何でだろう、何でだろう、何でだろう。如何して死ねないんだろう、ほっとしてしまうんだろう。私は最低だ、最低だ、最低だ、うぁわあぁんうわぁああんと鳴き続けることになる。傍から見て、私は髑髏の顔を持つ黒鳥の様に見えただろうか。見えるわけねーか、私は人だから。人だから、哀しんでいるから。黒鳥ならば、この様な苦しむ気持ちを持たなくて済んだ。しかし、黒鳥として食べ残しのことばかり考える日々もしあわせとは想えない。私は無になりたいのだろうか。
ある日、高台から空の下をじっと眺めたことがあった。50分は眺めた。でも其れだけだった。何か在るか、何か起きるかもしれないと想った。でも、何も起きなかった。しいて言えば、ナポリタンのいい香りがしたぐらいだった。
そして、私はこの場所から消えたくなった。どうでもいいこと。
第7幕へと続く