朝、起きてみると部屋に大量の蟻が居た。大量といっても、10匹だか20匹。畳の上を這っている。

私は、彼らが私の与り知らぬ場所で何をしようと一向に構わないが、私の目の前、私の生活領域での、このような活動を許すことは出来ない。

私は住み処に侵入した人間を屠ろうとする巨竜の様な気持ちになり、その数十匹の蟻たちを、ロードローラー状の器具で容赦なく圧殺しようとした。

しかし、蟻の身体はこちらが思っている以上に軟らかいらしく、ロードローラーで巻き込んだところで彼らは死なず、数秒後にはまた、ロードローラの粘着テープ上でよちよちと歩き動き始める。

それでも構わず、私は蟻をロードローラーに巻き込み続け、ロードローラから粘着テープを乱暴に破り取り、くしゃくしゃに丸め、屑籠の中に捨てた。

一息をついてロードローラーを床に置くと、目の前にまた蟻。どうやら、畳と畳の節目の隙間から、次々這い出てきているらしい。

私は、目の前の一匹の蟻を人差し指で圧殺。残骸。


たとえ小さな蟻とはいえ、自ら手をくだして他の生き物を殺めるという行為に、私は実に不快な気分がした。だので、蟻の亡骸を一瞥し「すまなかった」と。今更。


そして、その蟻を最後に、私の目に付く範囲からは蟻の姿が見えなくなった。


しかし、次の日の朝。起きてみると、再び目の前に大量の蟻。私は業を煮やし、近所のホームセンターへと走った。

アリゴロシ。ジェル状の餌で蟻を誘き出し、巣ごと全滅!!一家惨殺!皆殺し!冥王星!一番最初に目に付いた、そのような文言が印刷されたスプレー状の殺虫剤を購入し、息を切らし家へと帰る。


部屋に戻ると、蟻は更に列を成し数を増やしていた、私は、ビニール袋をかなぐり捨て、今買ってきたばかりのアリゴロシを畳の上の蟻の列に噴射。そして、畳を勢いまかせに剥ぎ取り、その下の蟻にも続けて噴射。

その横の畳も剥ぎ取ろうとした所、テーブルの足が畳の縁を押さえ、上がらない。私は、テーブルを引き倒し、改めて畳を剥ぎ取る。そして蟻の列に噴射。私の口元は、笑っていた。



そこに来客が来た。清美だった。


清美は、私が引き剥がした畳の山を見て、何事かと眼を見開き、「どうしたの?」と尋ねた。

私が「見てくれよ、蟻がこんなに…」と言いかけたところで、彼女は「蟻?そんなのどこにも居ないじゃない。」と、一言。



そこに、もう一人の来客者が現れた。佐瀬原だった。

佐瀬原も、清美と同じように、私が引き剥がした畳の山を見て「なんだよ、どうしたんだよ」と尋ねる。「いや、アリが…」と言いかける私を遮り、清美が「誰?」と尋ねた。


私は「ああ、佐瀬原。知り合い、知り合い。」と軽く返答し、佐瀬原に「こっちは清美。」と言うと、佐瀬原は「…こっち?誰も居ないじゃん。」と不思議そうな顔で言い、畳の下を見て「うわっ、蟻。」と呟いた。


さて、ここからが問題です。偽者はどれなんでしょう。