ケータイ小説(第一章)

声優を目指して猛勉強中のカルロスとしきMk2です!ああ、カルロスとしきMk2ってのは新しいぼぐのペンネームです。ぼぐってあれじゃないですかぁ?今から伊豆へいってきます、魚とかあわびとか、親戚の兄ちゃんが、君もいっしょにきなよとか、いっしょにスノボいこうよとか社交辞令でいってくるから、わたしも「いいですねいきましょう」と社交辞令で返すんだけど、ほんきでいってたら殺す。きらいだからきらいだから、そういうのきらいだから、長い間人の他人と一緒にいると木がくるいそうになるから。木が。木っていうのは、樹齢100ねんぐらいの古木なんだけどね。樹が。あたらしいことかんがえた、いまからやります。樹木気期着機記奇黄貴来規季鬼生帰軌。ほらね、き17連発。いままでこんなことやった人いねーだろ。インターネット初。斬新。初。あははうふふ。喜々麒麟。2年まえの俺がすでにやってたけどね。いあ、やってないけどけどやってないけどぉ。はぁ?うそですかぁ?全体から3分の一ひいて4文壱ひいて、もう全部のこりません。その13%とが、のこった30%が私の。


第1章

不思議ハンターの彼は、彼女だけど、彼女は自分のことをそう余部(呼ぶ)といって、助手と名乗った東海道博巳似の男に「これを」と言った。

福井半の学校。福井半の学校では、困ったことがおきていた。なぜなら、15年前から不思議なことが立て続けにおきるからである。ほぼ毎日起きていて、15年間何も対策をすることは無かった。そして15年前からこの学校の用務員として働いていたビッグムーン士郎は、ついぞ15年前の殺人事件の時効を誰に知られることもなく迎えていた。ビッグムーン士郎というのも勿論偽名で、学生たちにも気味悪がられていて、15年前の殺人事件の犯人に似てるともいわれていた。

15年前からこの福井半の学校では、不思議な出来事が立て続けに置き続け、それは学園248不思議と呼ばれていた。校長先生はコブラ病という病気だった。



淘京六メイ館

「ここがりくめいかん?」不思議ハンターと名乗った彼女は、学芸員であるトヨタ富郎にそう尋ねた。彼女の名は、二階堂移動缶斉藤寺か。みんなは親しみを込めてこう呼んだ(ここから数ページ判読不可能)

「ええ、それでですね、岳童大ってのが、・・・・」明治の当時の話だった。「混同するなよ、そういうことを。混同するなよ。」トヨタ富郎はつよくいった。卯は、「・・・・因・・・・」と言った。糾し。


食用蛙研究所。福井半の学校。そこから遠く東に遡り、そして淘京の事務所。淘京の西。猜疑市りんご町の駅から徒歩90分。日本家屋を改装してつくったという住居兼事務所。看板の字は読み取れない。

「せんせいは、ホントにその不思議ハンターという人をご存知なんですか?」そうきいてきたのは、国府田マリ子という女性だった。本名は千住田マリ子といった。

まず、第1の不思議として、休憩室で迫る椅子。音楽室の幽霊。1年B組の机。毎日かわる日直の名前。ヴェートベンが犬の名前。すぐ食べよく眠る田中。作業中止を勧告するのが遅い伊尾田。親知らずが抜けたと言う田上。他は数えあげればきりはないが、60%はすべて正真正銘の不思議であった。

二階堂移動缶斉藤寺かも偽名だった。架空の名前。だから誰も彼女を知らないし、彼女の顔をみたものもこの世には居ない。穀物を信用していないというのが口癖で、私は動物だから。私は動物だから。呟く。

福井半の教諭は皆ベテランぞろいで、全員が40代の働き盛りの男たちだった。もと日本兵で戦時中はミッドウェイ海戦で活躍したという酢の物揃いだった。自分たちのことを堕天使の軍団と呼んでいた。


「ポン酢にこれをつけてくってみてください」助手の君子がそういうので、私はそれをポン酢につけて食べた。「なにこれうっまーうまうま。うまうまダンスおどりそー。」「ね?うまいでしょ?」「そ・れ・で?」「団地に幽霊が出てこまるという人から依頼がきています。」「場所は、依頼があった場所。というか依頼をした男は団地の雇われ管理人で、名前は脳漿ブリン。生玉出身で、かなりの訛りがありました。それもワザとらしいざーとらしいな・ま・り・ね。」「じゃあ?どういうこと?」「さあ、生玉出身を装ってるんでしょ。いまどき70でもこえてないと、あんな訛り方しないっつーの。脳漿ブリンなんていかにも若者風の名前を装っておいてそれはないでしょ。年齢の見た目も30中盤だしね。」「じゃあ?その依頼は受けない方がいいってわけ?罠なわけ?玄米&ぬかたちの罠?」「いあー、玄米&ぬかは今回はかかわってないでしょう。蕎麦川の件でこりてる筈だし。これでこりてなかったら、私だって彼らを尊敬しちゃいますね。尊敬しないか、あきれるか。呆ける。」「だから?それで?依頼ってのは幽霊がでて、それを私にどうしてほしいの?幽霊なんでしょ?除霊とかできないよね?私」「ええ、除霊とかじゃないから、ないから。あはは」そういって笑った君子。私は君子になんだか馬鹿にされてるような気がして。目に涙をためて「そんな言い方ないだろ!」と叫んだー。

「あー、すいません。しこし言いすぎましたね。」君子は素直にそう謝ったけど、「しこし」という言い方は、言葉を噛んだのか、それとも意思的にふざけたのかそれを判断しかねた。ふざけているなら論外だが、噛んだとした場合も、訂正しなかったのは少し気になる。「で、ですね。その団地にいって、それが本当に幽霊かどうなのか、その203号室に出る、三角コーンのような白と赤の縞模様のものが。なになのかを調べてほしいんですよ。」わたしは、少し不安だったが、家賃の残りである98万円の為。


「豊かな人間性。豊かな人間性。豊かな人間性。豊かな人間性。」団地の真ん中の芝生で、小学生の集団が何かを叫んでいる。5×8人、縦横綺麗にならんだその小学生たちは、先ほどから「豊かな人間性!」と両手を後ろでにまわして、そらを見上げながらそう叫んでいる。私は、前を歩く脳漿ブリンに、そのことを尋ねようと口を開きかけたが、それよりも早く脳漿ブリンが「いやはっぁ、とんっでもないですよねっへぇぱん。ぱっ。あの、ね、先生自ら、おいでくださるなまんで、おもっくながったねー。そうアルねー。びっくりしたアル。」後半の不意の中国人らしさに多少疑念を抱きつつも「で、その203号室というのはどこなんですか?」と尋ねてみたところ「ここです」と一言。既に私たちは、その”我が人生の闘争幽霊”と呼ばれるものが現れる部屋の前へときていたらしい。時間は夕方の4時10分。手元の手巻き時計でそれを確認した。

「それはこんな夕方から現れるんですか?」私がそう脳漿ブリンに尋ねると、ブリンは「いやっはぁっぁ??子供たちが騒いでることですからねぇ、低学年の2、3人が・・・」と言葉を濁した。そして傍らの脇鞄からカギの束を取り出し、扉をガチャりと開ける。カギの束についたキーホルダーは、「キラーキメラ」と書かれた細長い小さなアルミ製の板だった。

部屋の中はひっそりとしている、一見どこにでもありそうな部屋だが、よく見ると部屋の壁にA子と書かれた目線の消された女性の写真が数枚貼られていてとても不気味だった。私はブリンに「この、A子というのは?」と尋ねると、ブリンは何だか、ペットを失った飼い主のような態度で床を見つめながら「A子はねー、栃木出身なんですよー、私とはねー、中学も高校も一緒でねー。同じ兎年なんですよー。でもねぇ・・・、神隠しでいなくなっちぃました。俺は無関係だけど。」と、最初から最後まで一環して気味の悪い抑揚で答えた。そして、私が少し気味悪がっていると、「じゃ、そっゆっことなんでぃにぇ、あとはっわ、よっろしく。しくよろ。」といって、部屋から出ていった。外から強い勢いで鍵をかけられた。

私は、なんだか不安な気分になって、あわてて入り口まで駆け寄り、扉の鍵をガチャりと開け、部屋の外へと顔出した。当然の如く扉は開き、先ほどと同じように40人の小学生が「豊かな人間性。豊かな人間性。」と復唱を続けていた。


それから3時間、何も起こらない只薄暗いだけの、A子の写真が貼られた部屋でじっと待つことになった。痺れをきらした私が、扉を開け「あのー?まだなのー?幽霊って何時ごろ一番でるのー?」と大きな声で呼びかけてみたものの、何の誰の返答も返ってこない。日も既に落ち、小学生の一団も姿を消していた。仕方が無いので、私は部屋に戻った。そして、フッと何かに気付いた。違和感を感じた。

その違和感とは、部屋の隅にあった映らないテレビ。どうやらアンテナがつながっていないようで、電源を入れてみても画面には砂嵐しか映らない。まあ、それは既に確認済みなのだけれども、私が違和感を感じたのはテレビの鎮座する台の下。台についたガラス戸の奥に、真っ赤なビデオデッキがあったこと。それに気付いた私は、ビデオデッキの電源ボタンを押し、一指し指でテープの収納部分を押してみる。中にはビデオテープがセットされていた。ビデオのラベルには「週間スタミナ天国」

私はおもむろに再生ボタンを押す。テレビ画面に映ったのは、以前土曜日の昼間に放送されていた、いまでいうバニラ気分の枠に放送されていた週間スタミナ天国という娯楽情報番組。番組を30分間鑑賞の後、フッと画面が途切れ、次に映し出されたのは、白と赤の横じま模様の三角コーンで顔をすっぽりと覆い、同じような横じまのだぶだぶのタイツを着込んで一心不乱に踊る何者かの姿だった。緑色のマントをしていた。

その踊りが残り1時間半テープの終わりまで続き、新しい展開が何一つ起こらぬまま同じ踊りを36回以上繰り返す中途で、画面は唐突に途切れ、砂嵐。私は画面を凝視したまま「えー?これはどういうことー?」と、誰に尋ねるともなく大きな声で。


第2章へと続く