「ケータイ刑事銭形幸一・・・」「なんですか?」「バベルさまからのお告げ」「え?バベル様って?」「え?なに?バベルさまってなに?」「いあ、いま、荏子田さんが・・・」「え?荏子田?なに?バベルさまなに?」「・・・・・」「なーんてね、冗談だよっ。真樹くんっ。真樹蔵人くん。」「いや、蔵人じゃないし。」「・・・・」「え?なんでにらむんですか?てか、バベルさまってホントなに?」「お告げをくれる人」「お告げって?なに予言かなんか?」「予言。完全な予言。予知夢。」「え?夢なの?」「そう、私大きくなったらパン屋さんになるんだ」「え?大きくって?荏子田さん今24ですよね?」「25」「ああそうか、25ですよね?大きくなったらって、今じゃだめなの?」「だめ。170にはならんと。」「え?170って?死んでるでしょ」「しなねーだろ!今159だし」「え?あ、え?背?」「背」「背なの?170になるの?無理じゃね?25でしょ?」「24」「え?25じゃね?さっき25って言わんかった?荏子田さんさ?」「25、7」「え?」「25で177」「え?」「だーかーらーうっせーなー、蔵人がー。」「いや、蔵人じゃないから、健人だから」「え?アンタ真樹健人っていうの?ケント?」「そうですよ。真樹ケント。」「え?クラーク・真樹・ケントっていうの?真樹よう子っていうの?ああああ、もっと簡単な”き”を出したいのに、き17連発やっちゃったから出ねーよ!それが!」「え?え?何?クラークなに?よう子ってなに?き17連発ってなに?」「どんどん言うなよ!どんどん!どんどんがんがん!がんがんじいか!がんがんじいなつかしいか!?」「え?がんがんじい?なにそれ?知らないよ」「じゃあ、バベルさまわ?」「え?知ってる。お告げの人」「人じゃねーよ!!!塔だよ!!バベルの塔ってあるだろ!!」「え?知らない」「え?知らないの?じゃあ無いのかな?」「え?それは判らないけど」「ねー?蒲郡さんー?バベルの塔ってあるよねー?そういう塔あるよねー?」
荏子田奈央がそう尋ねてきた。バベルの塔?なんだそれは?無いよそんなもん。あの女はまた出鱈目なことを言っているから、まったくもう。だから、俺は少し呆れるような言い方で「ないよー」と答えた。お告げ殺人という連続猟奇殺人が起こる3日前。
第二章
「王様っゲーム!!」「じゃあ、いくよー、王様の1!」「王様のー3っ!」「はい横の二人!」「ナハナハ!」「ナハナハ!」「…って、なんで私がこんなことしなくちゃならねーんだよ!!くそ狂牛病どもが!」ドガシャンッ!って音が鳴って、テーブルの上の大小さまざまな皿やグラスを両手で押しのけるようにして左右に吹き飛ばす。右に吹き飛ばす。左に吹き飛ばす。皆がポカンとした顔でこちらを見ている。私はなんだか可笑しくなって「くぷぷ、なにみんなぽかんとして」と呟いて。
「なんだよ!荏子田さん!この肉雅・弁償2万5千円って領収書は!なにやったの!こんなの経費で落ちないよ!」朝。くそ鬱陶しい清水裕樹がそう言ってくる。全然清水裕樹じゃないんだけど、清水裕樹にちょっと似てるから、逆に嫌味で私はアイツのことを清水裕樹と呼ぶ。ポップシンガー清水裕樹。代表曲・崖の上のポニョ。それ子供がうたってた歌だっつーの!おめーがうたってリメイクして大ヒットしてんじゃねー!!ぶわぁーか!!!
「ちょっと、きいてるの?荏子田さん、何睨んでんの」「あ、睨んですいません」「ホントに睨んでたのか・・・」「で、この弁償って何なの?」「そっれわー!私がー合コンでぶっ壊した店の弁償費用であります!」「なんだぁ?ふざけてんのかぁ?敬礼なんかして。そんな合コンなんか経費て落ちる訳ないだろ。」「・・・・え?潜入捜査の合コンですよ?壕痕。」「心底不思議みたいな表情で聞き返すなよ。そんな話聞いてないよ。そもそも潜入捜査ってなんだ。ばかか。」「今、ばかっていいました?」「・・・なんだよ、文句あるのか。君が在りもしないこと言うからだろ。」「えー、ねー?真樹くん、こっちきて、こっちきて、はい、せーの!ばっかでーす!タコでーす!」彼女は両手の一指し指を膨らました頬に当て、大きな声でそう言った。無理やり近くに呼び寄せられた真樹は、怪訝な顔で傍らの彼女を見つめていた。
課長は、心底気味が悪いというような表情をして「もうあっちいけよ。経費でおちねーかんな。」と言って、蝿を追っ払うような手つきで荏子田を遠ざけた。
「まいっちゃうよねー。潜入捜査うそが通用しなかったかー。」「あの荏子田さん。仕事、しましょう。電卓で遊んでないで。」「うるせーな!今いいとこなんだよ!184941495453893482244422・・・ああっ、0ってめっちゃ気持ちわるい。だから0だけは打ちたくない。だからいつも全然計算が合わない・・・。」彼女は、一心不乱に電卓を打ちながら不安そうに呟くと、机の下のおしゃれ鞄から風呂敷包みを取り出した。
「なにやってんですか?」「弁当だよ!弁当!」「え?まだ9時ですよ?てかだめじゃね?就業中に。課長が睨んでますよ?」「いいんだよっ!くわねーと死ぬだろ!あーーーーー!!!弁当だと想ったら何だよこれわ!!風呂敷で包まれた初代ゲームボーイじゃねーかよ!!通りでちいせぇと想ったんだよ!朝」「え?なんですか?なぁにそれ?」「あーーーーー!!ぜんぜんテトリス棒がこねーーーーー!!あ、これテトリスじゃなくて蛙が為に鐘は鳴るか・・・」「え?なに?蛙なに?テトなに?」
りーんりーんりーん
「あ!電話だ!」ガチャッ!そう言いながら勢いよく受話器をとる彼女。そして続けざまに「はい!もしもし!こちら警視庁会計局マスコットキャラクター印税課です!!なぁにぃ!?砂肝町で殺しぃ!?」と叫んだ。
課長や他の職員が怪訝そうな表情で注視し、「…え?ころし?なんで、うちにそんな電話かかってくるんですか?」と真樹が尋ねるのもさえぎりながら、熱心に「うんうん、うんうん、それで?」と通話を続ける彼女。傍らで取るメモには、くまちゃんの落書き。
「すんません、課長。サイレン君のCDの件で、ポニーキャニオンの倉島さんが下に怒鳴り込んできてるみたいなんで、ちょっと恫喝してきます。真樹くんも一緒にきて。」彼女は受話器を勢いよく電話機へと叩きつけると、席から立ち上がり、返答も待たぬまま真樹を引きずりだし、課を後にする。
「ちょ、ちょっとちょっと、荏子田さんっ・・・なんですか、なんですか、倉島さんからの電話だったんですか?てか、なんで僕も一緒にいかなきゃいけないんですかっ、離してくださいよ」「いあ、ちがうから、あれダミーだから、うそだから。砂肝町。死体でたって、お告げ殺人。」
「え?なんですか?殺人って・・・え?あれホントの電話だったんですか?じゃあ更にだめでしょ、刑事局の方に廻さないと。ぼくら会計ですからっ。」そう言って真樹は荏子田の手を振り払う。
「ぁぁん?なんだよお前、真樹テメェ。じゃあ、17万はやく返せよ!今すぐかえせ!!!どろぼーーー!!!ホステスへの慰謝料30万ーーーー!!!!」「ちょ、ちょっと大きな声ださないでくださいよ!ばかか!おまえばかか!」「ええぇ?今ばかっていいました?ちょっと、真樹くん・・・はい、せーの!ばっかでー・・・」「やるわけないだろ!一緒に!俺が言ったんだよ!ばかって!」「じゃあ、一緒に砂肝に来いよ。」「なんでですか?下手したらクビですよ。クビ。」「いいじゃねぇかクビでも。」「いいわけないでしょ!」「えー、でも、来ないとホステス慰謝料30万事件のことが怪文書で全庁者宛てにバラ撒かれるから、どうせクビだよ?」「あ、あんたねぇ・・・」
ワンッ!トゥー!サンシャインッ!
淘京都火区砂肝町。鮮やかなブルーシートで囲われた一廓には、制服警官が黒い槍を傍らに携え、立ち並び、厳重な警戒体勢を敷いていた。
ちなみに、先ほどから大声で叫んでいるのはレゲェファッションに身を包んだ黒色の外国人。中とって黒人。ラスタカラーのTシャツをびらびら揺らしながら「ワンッ!トゥー!サンシャインッ!ワンッ!トゥー!サンシャイン!米!騒!動!」繰り返し。
「あっのー、どーもー、連絡を受けた警視庁の刑事の種子島ヨワコでーす。こっちは真樹くんでーす。」「ちょ、ちょっと、なんでアンタが偽名で僕は本名なんですか!」と小声で慌てる真樹。
「いいだろ!真樹しかいってねーだろ!相手には蔵人でインプットされるからいいんだよ!」「されねーよ!」「あの・・・」二人が小声で言い合っていると、制服警官が怪訝そうに「あの・・・、こちらが遺体です。」言いながらビニールシートの奥へと二人を案内し、無惨に殺害された亡骸を示す。
「こ・れ・は・・・・お告げ連続殺人事件ですな。占星術殺人事件。」「え?」「え?」荏子田のその呟きに、真樹と制服警官がほぼ同時に反応する。「いや、完全に!お告げ連続殺人だな!」「・・・なんですか?お告げ連続殺人って?」「え?知らない?お告げ連続殺人」「知りませんよ。初めて聞きました。」「え!はじめて!?それ刑事失格だろ!酔っ払ってホステスぶん殴るより失格!」「コラッ!!」焦りながら荏子田を制す真樹を尻目に制服警官が「あー・・・なんか、聞いたことあるかもしれません。そのオツゲ連続殺人。たぶんだけど。」「ね!あるでしょ!ほらみろ!真樹!」「・・・いあ、どうなのかなぁ?そんな連続殺人だったら、もっと世間を騒がせてるでしょう。」「いいよいいよ、で、この死んでる人は誰なの?なんて名前なの?」と無遠慮に死体の衣服のポケットを素手で探る荏子田。
「はい。ですね、被害者の名前は持っていた身分証から東亜細亜駐米大使マコレフ吉田。91歳。じじいです。」制服警官の報告を耳にし「じじいって・・・」と、真樹が不安げに呟くのを気にせず、荏子田は「じじいか!・・・なんかー、死体きっもちわるー」と笑いながら。
そして、この事件は、彼女の言った通り”お告げ連続殺人”という名で其の後数ヶ月間新聞紙面を大いに賑わし、全国各地に事件の真相を解明しようとする無数の素人探偵を生み出した。
結局、事件は解決したのかしなかったのか、それよりも何よりも結果的に会計局職員による前代未聞の殺人事件の無断捜査の責任を一人負わされる形で、本庁から犯罪・お年寄り相談センターへと左遷された真樹くんのことが気の毒で仕方無い。
完